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オタク同士は分かり合えないと思ったのは高校生の時でした

ああ、久しぶりに共感と古傷に触れるような文章に出会いました。
あのとき僕は「日本のアニメは世界一だよねっ!」と頷いてあげるべきだったのだ

オタクと呼ばれる人々の多くは恐らく、デジタル大好きで、しかしながらこのブログのターゲット読者と近いような、少し外れたような、つまりかなりジャストミートな感じと思いつつ書いていこうと思うのです。

私が自分のオタク性について認識したのは、いつからだったのだろうか……。たぶん中学生の時だったと思います。や、小学生の時に帰ってきたウルトラマンを見ていたことを友人にひどく馬鹿にされて、それを言いふらされないために、彼のグレンダイザーごっこにつきあうことになった時(子供の私は心底馬鹿だった)かもしれないです。隠れてキャッツアイやダーティペアを見ていた時かもしれません。

そんな私は、文化系のクラブで中学時代を過ごし、テーブルトークRPG(キャラクターになりきって仲間とおしゃべりしながら、楽しむゲーム……ラジオ番組で降霊術呼ばわりされて傷ついた)と言うアナログな遊びを教わり、ファンタジーの世界を愛し、漫画やアニメを愛し、アニメディアの購読もしました。




パトレイバーにはまって、押井守監督作品を観て、後藤隊長と言うキャラクターにあこがれ……。
高校生になった私は、電気通信クラブという無線やらコンピュータやらを扱う部に入りました。
そして、私はオタク同士が分かり合えないのでは、と思うに至る事件がありました。それは「俺たちはあいつらよりましだ」と言う友人の言葉です。あいつらとは、漫画研究会の事。オタクオタクと揶揄されていた双璧、いや兄弟と言っても良いくらい仲良くしたい相手だったと私は思うのですが。しかしながら、その言葉を聞いたとき私は、五十歩百歩という言葉が頭に浮かびながらも、優越感が頭をよぎったのでした。

私自身、自分自身のオタク性を十二分に理解しつつ、受け入れつつ、それでも「他のオタクとは違う」と思っていたのです。

オタク道は、より深くマイナーに収集し、もしくは創造事が重要だと思います。
つまりそこには、周囲はたとえ同じ道を志す仲間であっても、ライバルであり、自分が認める範囲外は理解しがたい軽蔑すべき世界なのだと。大げさな話だけれど、私がそれに気がついた、そう思ったとき、ああオタクはいつまでも孤独であり、共有するのが好きなようでいて、共有を拒み、教えるのが好きだけど、教えたくなくて。とにかく分かり合う事を拒む道なのだと思いました。

今私は、オタク道を歩みながら、しかしながら秋葉ブームには非常な違和感を覚え、萌えには理解しがたいものを感じつつ「勘違いしてはいけない。オタクはオタクだ。一般人が理解できない壁があるんだ」と思うのです。






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